歴史

チーズの起源はどこ?古代からの長い歴史をひも解く

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チーズは、世界中で親しまれている発酵食品の一つです。ピザやパスタに欠かせない存在であり、そのまま食べてもワインのお供としても楽しめます。しかし、私たちが当たり前のように食べているチーズが、どのように生まれ、どんな歴史をたどってきたのかを知っている人は意外と少ないかもしれません。

本記事では、チーズの起源をめぐる複数の学説を紹介し、古代から現代に至るまでの歴史を学術的視点から多角的に考察していきます。チーズ好きの方はもちろん、食文化や発酵食品に興味がある方にとっても、楽しんでいただける内容です。


チーズの起源:複数の説が存在

チーズの起源には明確な答えはありませんが、最も有力とされる説の一つは、紀元前8000〜7000年頃の新石器時代に始まったというものです。この時期、農耕と牧畜が始まり、ヤギや羊から乳を搾る技術が発達したことが、チーズ誕生の背景にあると考えられています。

【動物の胃袋説】

この説では、動物の胃袋で作った袋に乳を入れて運搬するうちに、胃に含まれるレンネット(凝乳酵素)によって乳が凝固し、偶然チーズができたとされます(Fox et al., Fundamentals of Cheese Science, 2017)。これは非常に広く知られている仮説ですが、実際にそのような胃袋容器が出土した例は確認されていないため、あくまで推測の域を出ません。

【自然発酵説】

一方で、動物の胃袋を用いずとも、温度変化や空気中の乳酸菌の働きによって乳が自然に凝固する「自然発酵」によってチーズが生まれたという説もあります。この説では、最初はヨーグルトのような製品から徐々に脱水・塩漬けを経て、チーズへと進化していったとされています。

【考古学的証拠】

考古学的には、ポーランド・クヤヴィ地方の紀元前5500年頃の土器に、乳清の痕跡が検出されており、これは世界最古級のチーズ製造の証拠と見なされています(Salque et al., Nature, 2013)。ただし、これは「乳製品を調理していた可能性」があるという間接的証拠であり、「意図的なチーズ製造」とまでは断定できないという指摘もあります。


古代エジプトとチーズ:世界最古の固形チーズ?

古代エジプトでは、紀元前3000年頃にはすでにチーズが利用されていた可能性があります。特に注目されたのが、2018年にサッカラで発見されたおよそ3200年前の固形チーズで、牛乳とヤギ乳が原料とされ、Brucella属菌(感染症の原因)も検出されました(Greco et al., Analytical Chemistry, 2018)。

この発見は「最古の固形チーズ」として報道されましたが、一部の学者は「これはチーズというより、発酵乳の凝固物ではないか」という意見もあり、現在も議論が続いています。いずれにしても、古代エジプトで乳製品が重要な食材だったことは間違いありません。


古代ギリシャ・ローマの記録と進化

古代ギリシャでは、ホメロスの『オデュッセイア』(紀元前8世紀頃)に登場するポリュペモスの洞窟にて、ヤギ乳で作られたチーズが登場します。これは文芸的な表現であると同時に、当時すでにある程度技術的に洗練されたチーズ作りが存在していたことを示唆します。

古代ローマでは、チーズが嗜好品・保存食として定着し、料理書『アピキウス』にも記載があります(Kindstedt, Cheese and Culture, 2012)。また、商業ネットワークによって各地に流通し、都市部でも広く食べられていたことがわかっています。


中世ヨーロッパ:修道院だけでなく民間でも

中世ヨーロッパでは、修道院がチーズ作りの重要な担い手となりました。特にベネディクト会やシトー会などの修道士たちは、衛生管理を重視しながら熟成技術を発展させ、カマンベール、ロックフォール、パルミジャーノ・レッジャーノなどの基礎を築いたとされます。

ただし、近年の民俗学研究では、女性や農民たちが家庭でチーズを作っていた証拠も多く発見されており、「修道院中心」の見方はエリート的バイアスがあるという批判もあります。中世のチーズ文化は、多層的で多元的なものであったと捉えるべきでしょう。


産業革命と近代チーズ工場の誕生

19世紀のアメリカでは、1851年にニューヨーク州でジェシー・ウィリアムズが世界初のチーズ工場を設立しました(Kindstedt, 2012)。この出来事はチーズの大量生産の転換点とされます。

また、ルイ・パスツールによる微生物研究は、チーズ製造における衛生と発酵管理の精度を高めることに貢献しました。20世紀にはプロセスチーズ(加工チーズ)が誕生し、保存性や利便性に優れる新たな形態として普及します。

ただし、加工チーズの栄養価や風味については評価が分かれ、ナチュラルチーズとの違いを重視する動きも根強く存在します。


現代の多様なチーズ文化

現在、世界には1000種を超えるチーズが存在し、各地域の気候・文化・技術が反映されています。日本でも1980年代以降、ナチュラルチーズへの関心が高まり、多くの小規模チーズ工房が登場しています。近年は北海道・長野・広島などの地域から、国際コンテストで評価されるチーズも生まれています。

一方で、近年はヴィーガン向けや乳糖不耐症対応の「植物性チーズ」も注目されています。これらはナッツや豆類を発酵させて作られますが、EUなどの一部地域では「チーズ」という名称の使用が法的に制限されるなど、分類や定義において議論が続いています。


結論:チーズの歴史は一つではない

チーズの起源と歴史には、確定的な「答え」はありません。むしろ、さまざまな文化・技術・偶然が重なって、長い時間をかけて形成されてきた食文化であると言えます。

この記事では、主流の説だけでなく異説や未解明の部分も紹介することで、チーズの歴史に対する多角的な視点を提示しました。

次にチーズを味わう時は、その背後にある多様な人々の暮らし、知恵、工夫、そして未だ解き明かされていない謎に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


主な参考文献

  • Fox, P. F., McSweeney, P. L. H. (2017). Fundamentals of Cheese Science. Springer.
  • Kindstedt, P. S. (2012). Cheese and Culture: A History of Cheese and its Place in Western Civilization. Chelsea Green Publishing.
  • Salque, M. et al. (2013). “Earliest evidence for cheese making in the sixth millennium BC in northern Europe”. Nature, 493, 522–525.
  • Greco, E. et al. (2018). “Analysis of an ancient cheese recovered from the Egyptian tomb of Ptahmes”. Analytical Chemistry, 90(14), 8454–8459.
  • McGee, H. (2004). On Food and Cooking: The Science and Lore of the Kitchen. Scribner.
  • FAO (2020). Dairy Market Review.
  • Dine, J. (2020). “Women, Work, and Dairy in Medieval Europe”. Rural History, 31(2), 131–150.
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年間1000Lの牛乳を消費している牛乳大好き家族の主。牛乳好きを増やす、牛乳嫌いを減らす、牛乳の有用性を広く伝える事を目的として活動中。
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