ミルクの冒険物語 第3章「ローマ帝国、ミルクの躍進(紀元前1世紀)

──風が吹く。
ミルクの身体が光に包まれ、意識が遠のいていく。
(次は、どの時代へ行くのだろう……?)
ほんの一瞬、心地よい浮遊感に包まれた後、突然の衝撃とともに地面に叩きつけられた。
「い、痛い……!」
慌てて立ち上がると、そこは見知らぬ場所だった。石畳の道路、壮大な神殿、そして白いトガをまとった人々が行き交う街並み。
「ここは……?」
ミルクが周囲を見回していると、再び頭の中に声が響いた。
「紀元前1世紀。ここはローマ帝国——地中海を制し、繁栄を極めた世界最強の帝国である」
「ローマ……!」
ミルクは興奮を抑えられなかった。この時代こそ、歴史上でも屈指の大国。果たして、ここで牛乳はどんな役割を果たしていたのだろう?
市場にあふれるミルク
ミルクは歩き出し、大通りを進んでいった。
すると、目の前に大きな市場が広がっていた。色とりどりの果物、焼きたてのパン、塩漬けの肉、そして……
「牛乳だ!」
そこには陶器の壺に詰められた牛乳が、堂々と並べられていた。売り手の男が大声で叫ぶ。
「新鮮なミルクだ!山羊の乳もあるぞ!チーズを作るなら今が買い時だ!」
ミルクは目を丸くした。牛乳が、こんなに普通に売られているなんて!
「牛乳を使って、ローマの人々はどんなものを作っているんだろう?」
そう思いながら市場を歩いていると、目の前で何かを食べている男たちがいた。
「これは何を食べているんですか?」
ミルクが尋ねると、男の一人が笑いながら答えた。
「これはリコッタチーズだよ。ミルクを煮詰めて作るんだ」

「リコッタ……チーズ!」
ミルクは驚いた。
「ミルクを固めて保存できるなんて……!」
男は続けた。
「ローマ人はチーズが大好きさ。旅にも持っていけるし、兵士たちも戦場でこれを食べてるんだ」
その言葉に、ミルクはハッとした。
「戦場で……?」
そうか、ローマ軍が遠征を続けるには、保存が効く食料が必要だ。ミルクは傷みやすいが、チーズにすれば長持ちする。つまり、ローマ軍の強さを支えているのは、自分自身だったのか!
ローマ軍とミルク
その時、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
「軍隊が戻ってくるぞ!」
人々がざわめきながら道の両脇に集まる。ミルクも興味津々で列に加わった。
やがて、鎧をまとった兵士たちが、堂々と行進してきた。鋭い眼光、日焼けした肌、そしてたくましい体躯。彼らこそ、ローマ帝国の誇る最強の軍団——ローマ軍だった。
すると、行進の途中で兵士たちが立ち止まり、水袋のようなものを取り出して飲み始めた。
「あれは……?」
ミルクが首をかしげると、隣にいた老人が教えてくれた。
「あれはホエイだよ。チーズを作る時に出る液体さ。兵士たちはそれを飲んで、体力を維持しているんだ」
「ホエイ……!」
ミルクは思わず感動した。
「牛乳が、戦士たちのエネルギー源になってるんだ!」
牛乳はただの飲み物ではない。加工されることで、より持続的な栄養源となり、戦場の兵士たちを支えているのだ。
皇帝とチーズ
その夜、ミルクは宮殿の近くを歩いていた。ローマの中心、フォロ・ロマーノには美しい建物が並び、人々が宴を楽しんでいた。
「ローマの貴族たちは、どんな風にミルクを使っているんだろう?」
そう思っていると、偶然にも宮殿の中から豪華な食事が運ばれてくるのを目にした。
金色の皿に乗った料理の中に、白く柔らかそうなものがあった。
「あれは……?」
ミルクが目を凝らすと、そばにいた召使いが小声で教えてくれた。
「あれはプラケンタという料理です。小麦粉とチーズを層にして焼き上げたものですよ」
「プラケンタ……!」
ミルクは驚いた。
「これって、もしかしてピザやラザニアの原型なのでは!?」
ローマの食文化の中で、牛乳やチーズは確かに根付いていた。貴族たちは贅沢な料理にミルクを使い、庶民や兵士たちはチーズやホエイで栄養を補っていた。
ミルクは確信した。
「僕は、ただ飲まれるだけじゃない。加工され、進化することで、もっと多くの人々を支えていけるんだ!」
新たな旅へ
ローマの夜は更けていく。
市場の喧騒も静まり、兵士たちの喧騒も消えた。ミルクは街を歩きながら、この時代での自分の役割を振り返っていた。
(ミルクは、ただの飲み物じゃない。食料として、栄養源として、さらには文化の一部として進化していくんだ……)
そんなことを考えていると、再び光が彼を包み込んだ。
(次の時代では、どんな僕に出会えるのだろう?)
ミルクの冒険は、まだまだ続く——。
