ミルクの冒険物語 第5章「産業革命が変えた牛乳の歴史!瓶詰めと低温殺菌法がミルクを救う」

──また、光がミルクを包む。
気がつくと、目の前に広がるのは見渡す限りの煙と鉄の街だった。巨大な工場の煙突から黒い煙が立ち上り、馬車が石畳の道路を行き交う。どこを見ても活気に満ち、人々がせわしなく働いている。
「ここは……?」
ミルクは周囲を見渡した。そのとき、再び頭の中に声が響く。
「19世紀、ロンドン。産業革命の真っただ中」
「産業革命……!」
ミルクは知っていた。蒸気機関の発展によって工業が飛躍的に進化し、人々の生活が大きく変わった時代だ。そして、この時代の牛乳は、かつてない危機に直面していた——。
汚染されたミルク
ミルクは街の一角に目を留めた。そこには粗末な家々が立ち並び、子どもたちが痩せ細った体で遊んでいた。
「ねえ、お母さん……お腹すいたよ……」
「ごめんね、今日はもうミルクがないの」
「ええっ……」
子どもが悲しそうにうつむく。ミルクは思わず駆け寄ろうとしたが、次の瞬間、衝撃的な光景を目にした。
母親が持っていたミルクの入った容器を傾けると、中からどろりとした液体が流れ出た。
「な、なんだこれ……?」
ミルクは言葉を失った。
白く濁ったその液体は、ミルクとは思えないほど不自然な色をしていた。明らかに腐っている。
「ちょっと、それ大丈夫なの?」
近くにいた別の女性が眉をひそめた。
「しょうがないじゃない。これしか売ってなかったのよ……」
その言葉を聞き、ミルクは愕然とした。
「どういうこと……?」
「今のロンドンのミルクは、ひどいものばかりだよ」
突然、ミルクの後ろから男の声が聞こえた。振り返ると、一人の新聞売りの少年がいた。
「牛乳屋が水を混ぜたり、チョークを入れたりしてるんだ」
「ええっ!?チョーク!?」
「それだけじゃないよ。ホルムアルデヒドや石灰まで混ぜて、腐ってても分からないようにしてるんだ」
「そんな……!」
ミルクは言葉を失った。
工業化が進み、都市人口が爆発的に増えたことで、牛乳の需要も急増していた。しかし、衛生管理が追い付かず、安全なミルクを供給する手段がなかったのだ。
牛乳は不衛生な環境で保管され、水で薄められ、時には有害な物質まで混ぜられることもあった。その結果、ミルクを飲んだ子どもたちの間で病気が多発し、乳児死亡率が上昇していた。
ミルクは震えた。
(こんなの、僕じゃない……!)

しかし、この時代には牛乳を救うために立ち上がる人物がいた。
パスツールと低温殺菌法
「このままではいけない……」
ある研究室で、一人の科学者が苦悩していた。
彼の名はルイ・パスツール。フランスの細菌学者であり、この時代のミルクに革命をもたらした男だった。
「ミルクが腐るのは、目に見えない微生物が原因なのではないか……?」
当時の人々は、腐敗は自然に起こるものだと考えていた。しかし、パスツールはそれに異を唱えた。そして実験を繰り返し、ある方法を発見したのだった。
「ミルクを60〜65℃で30分間加熱すれば、有害な菌を殺せる……!」
この発見は、後に「低温殺菌法(パスチャライゼーション)」と呼ばれることになる。これにより、牛乳は安全に飲めるようになったのだ。
「これで、僕は……また人々に飲んでもらえる!」
ミルクは感激した。
だが、まだ課題は残っていた。低温殺菌法があっても、ミルクは依然として汚染されやすかった。なぜなら、当時のミルクはほとんどが木の桶や革袋で運ばれており、衛生状態が悪かったからだ。
その問題を解決するために、次なる革新が生まれる——。
瓶詰め牛乳の誕生
「牛乳を安全に届けるためには、密閉できる容器が必要だ……!」
そう考えたのが、アメリカの酪農家であるジョン・バプティスト・マイヤーズだった。
彼は1884年、世界で初めて「瓶詰め牛乳」を開発した。
「これなら、外の汚れが入らない!」
ミルクは興奮した。
ガラス瓶に密封することで、牛乳の鮮度が保たれ、安全に届けられるようになった。これにより、汚染されたミルクの問題が大きく改善されたのだ。
さらに、牛乳業界は「殺菌済みの牛乳を売るべきだ」という動きが広まり、20世紀に入ると殺菌牛乳が標準化されていった。
「やった……!」
ミルクは空を見上げた。
19世紀の初め、人々にとって牛乳は「危険な飲み物」だった。しかし、科学者や酪農家の努力によって、安全な牛乳が人々に届く時代がやってきたのだ。
(これで、またみんなのもとへ行ける……!)
ミルクの身体が再び光に包まれる。
次の時代へ——ミルクは新たな冒険に旅立つのだった。
